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もしも西軍が勝っていたら?

みなさんこんにちは

季節はずれの台風の一日、皆さんいかがお過ごしだったでしょうか?
午後4時頃、仕事で車で移動していると、周囲は猛烈な雨と風!
後から分ったのですが、京都府南部では午後1時過ぎには暴風警報や大雨警報が発令されていたとか。

会社も本来はそのような気象条件の場合仕事はおしまいとなるのですが、実際にそんな天気だからと言って仕事がおしまいになるなんてことはなかなかありえないのではないでしょうか?(苦笑)
かくいう私もそんな気象は全くお構い無しで仕事をこなしました(笑)

さて。
仕事を終え、帰宅すると子どもがビデオを見ています。
最近、上の子どもは歴史物がお気に入り。
今日も歴史を扱った番組を録画したものを真剣な眼差しで眺めていました。

歴史というのは非常に面白いもの。
小さい頃からそのような物に興味を持つのはとても良いことだと思います。
先人の考え方、その時の事実、あらゆる過去を楽しく学んでもらいたいところです。

そこで、その番組を見ていて何気に私が思ったこと。
ちょうどその録画番組が戦国物だったから思い浮かんだのですが…

『もしも関が原で西軍が勝っていたら、その後はどうなったのか?』

という疑問です。
この場合、もちろん徳川家康が関が原で陣没するという仮定です。

歴史に『もしも』というのは禁句です。
でも、この『歴史のもしも』を語るのはとても面白いことですよね。
そこで先ほどのお話、西軍が勝っていたら?ということなんですが…

私の予想としては、徳川家はこのままずるずると交代すると予想します。
そして、家康という圧倒的な存在に対して付随していた多くの大名が静かに徳川家を離れていくことが予想されます。そうなると、関東は再び大きな戦乱に見舞われ、覇者が生まれることになるでしょう。
そうなると、東軍を改めて束ねてくるのは伊達政宗あたりか?

その頃、石田三成がまとめる西軍はどうなっているだろうか?
おそらくこちらも三成の下、上杉家、毛利家、島津家が力を増すことでしょう。
ただ、三成にはあまり人望が無かったのも事実。
いずれこの豊臣勢力も瓦解したのではないでしょうか…

そうなると、結局再び戦国の世がもうしばらく続いたのではないかと思います。
ただ、鎖国という制度は生まれなかったような気がしますね。

とまぁ、思いつきだけでもコレくらいのことが出てきます。
歴史の『もし』というのは本当に面白いものです。

でも…
歴史は所詮『勝者のもの』。
真実はいつも闇の中に葬り去られるのですが(苦笑)
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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 こんばんは。私も戦国時代好きです。

 有名撮影地は、古戦場跡と何故かリンクしてますしね。

それに京都に住んでたらいろいろ発見があって面白いですし、
自ずと歴史好きになるのかもしれませんね。

>>ドライモンさん
こんにちは、いつもコメントありがとうございます!

有名撮影地の件、今まで考えたことも無かったですわ。
山崎、関が原、倶利伽羅…確かに。

まぁ、日本の場合はどこにでもある程度歴史がありますからね。特にこの京都はそうです。私の家からも歩いていける世界遺産が結構あります。
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